篤姫が湯治した宿「環翠楼」(箱根) 明治 13年に篤姫が箱根で湯治した宿は、皇女・和宮も滞在した塔ノ沢温泉の元湯。現在の元湯環翠楼。 現存する建物は、大正時代の建築で国の有形登録文化財。 同時代に大奥で過ごした和宮終焉の地となったゆかりの宿で、篤姫は和宮を偲んだ追悼の和歌を残している。
和宮は数え年32歳になった頃より脚気の病になり、 伊藤博文公の勧めにより明治10年8月7日から箱根塔之沢の「元湯」(もとゆ)に静養のため滞在され、 一時よくなられて歌会を開かれるまでに快復されたが、26日目の9月2日、俄に衝心(しょうしん) の発作が起こり、この地で他界
「塔ノ沢で和宮が亡くなった建物を見た。胸がふさがり、懐旧の涙が袖をしぼるほどあふれるのを、私は抑えることができなかった」『熱海箱根湯治日記』より引用。
天璋院が和宮の思い出を歌った和歌 「君が齢(よわい) とどめかねたる早川の 水の流れも うらめしきかな」『熱海箱根湯治日記』より引用。